秋沢夫婦の家づくり奮闘記-序章-









秋沢夫婦の家づくり奮闘記-序章-





秋沢は迷っていた。

秋沢の前には住宅展示場で案内された際パンフレットや、住宅会社の営業マンの人の良さそうな笑みと共に渡された資料の数々がテーブルいっぱいにあった。

「あなた、そんなにしかめっ面しても。何もならないでしょう? 営業マンの方と何人も話して、それで話を保留にしていることに、責任を感じているのは分かるけど」

 
妻の智香はパンフレット一枚をぱらぱらと眺めてため息をつく。

 
三十代初めの秋沢夫婦は数か月前から家を建てようと、様々な住宅会社や展示場に足繁く通っていた。
どの家も魅力がなかったわけでもないし、笑顔の営業マンの態度も丁寧で話も分かりやすかった。
だが反面、その話の魅力さから秋沢と智香は悩まなければいけなかったのだが。







「ここの会社だとキッチンの施工が得意なんですって。安く、綺麗なキッチンっていいわよねぇ」

「でもその会社じゃなくて、こっちの会社だと、お前が気にしていた、建物の耐震性に定評があるんだぞ」


「そうなの? 地震は怖いのよね」


「でもこっちはキッチン周りがどうこうというのはない」


「それは困るわ。使いにくいキッチンは嫌なのよ」



 


二人の様子は意見を取り交わすという認識の割に、身を乗り出しているので一見すると言い争っているようにも見えた。


お互い真剣に悩んではいるのだが、悩み過ぎて話の焦点が分からなくなり始めていた。


そこで玄関からチャイムが鳴る。


 

「お、三代川が来たみたいだ」

 秋沢は時計を見ながらつぶやいた。


三代川は秋沢の友達で、住宅会社に勤めていた経験もある、家さがしをするなら相談してみようと、家に呼んだのだ。


 

智香は乱れた資料の束を直す。

「何かいいアドバイスを貰えたら、いいんだけど」


 頭をさげてぽつりと言った。


「正直、家の素人には難しい決断なのよ……」










コーヒー好きな秋沢が淹れたコーヒーを飲みながら、三代川はパンフレットの山に小さく苦笑した。

「随分、頑張っているみたいだね」


「もちろんだ。家だぞ、あんな高い買い物はそうはしないんだ、色々と探すさ」


「そうだな。どうだ、どの家がいいのか、決めたのか?」


「それが……まだなんです。どの会社の方も魅力的なことをおっしゃって、どうすればいいのかわからなくて」


「そうなんですか。智香さん。まぁ魅力的なことをいうのは、営業マンの商売ですし。しょうがありませんな。ただ私は、今の状態で家を決めるのはどうかな……と思うんです」



 

秋沢は頭をかしげた。

「それはどういう?」


「お前は家のことに詳しくはないだろ。はっきりいえば、何も知らない。家っていうのは長く付き合うものなんだ。『今』だけが魅力な家を買うのは、大損失になるぞ、自分が」



 秋沢は気色ばんだ。


「そ、そうだな。じいさんになっても、良い家に住みたいしな。じゃ、三代川。お前はどこの会社の家をすすめる? 一応これはと思う営業マンがいた会社が最有力なんだが」



 

三代川は名刺ケースから名刺を取り出した。

「そうだな、これだ、この会社が良いといえばいいだろうが。こういうのは自分で決断したほうがいい。
……はは、怒るな。そんなに家の建築会社を迷ったら、この会社に相談すると良いぞ。現役の家について詳しい人がいるからな」



 

そう言って秋沢に名刺を渡す。


 

TOMUSOUYA」と書かれた名刺を受け取り、秋沢はあいまいに返事をする事しかできなかった。
 本当にこの会社が自分たちを助けてくれるのだろうか。わずかであるが疑念が心に渦巻いていた。


 
その秋沢の不安は良い意味で裏切られた。

TOMUSOUYA」に智香と一緒に行って、案内された場所には葛西という男がいた。


 葛西は住宅建築コーディネーターという資格を持っているらしく、気分のいい笑みを眼鏡の奥に浮かべている。智香が申し訳なさそうに聞いた。


「すいません。住宅建築コーディネーターと呼ばれる資格がどんなものか、分からなくて、教えて頂けませんか?」


 葛西は住宅建築コーディネーターの役割や歴史をについて軽く説明する、そしてこう最後に締めくくった。


「堅苦しい説明を抜きでお話をさせていただければ、中立の立場で家づくりの協力をさせていただく相談員です。家って分からないことが多いと思います。でも それを周囲に相談できないという人も多いのです。だから私共が、お客様の家づくりで失敗した、ということがないように、色々とお話を聞かせていただき、相 談にのるということをしています」


「なるほど……」


 秋沢は頷いた。葛西の目には強い力があった。仕事に確信を持っているのだろう。



 

俄然、話を聞きたくなる。しっかりと秋沢は葛西と向き合った。






 TOMUSOUYAを出て、秋沢と智香は喫茶店に入った。


 

紅茶とコーヒーを飲みながら、互いに感嘆の息をつく。


 

「まさか、これからの生き方を考えないといけない建物だとはちゃんと思っていなかったわね」
 

「人生はずっと今のままじゃないと考えたら、当然の話だな。葛西さん、そこあたりはずいぶんと熱心に話していた」 


 葛西は穏やかな表情によく合う優しい声で言った。

 

「家はいずれリフォームやリノベーション、もしくは住人が増えることによる建て替えも考えられます。家は変化して行くモノなんです。それも人によって千差万別。そのことを踏まえて考えないとかなりまずい結果になることもあります」

「じゃあ、そう簡単に決断はしてはいけないと?」


「熟慮は必要かと。少なくとも営業マンの人間性と話しやすさで決めるものではありませんね」


 

 秋沢は自分たちの事情を知っているのかと背筋がひやりとした。しかし葛西のしみじみした口調からはあざけりはなく、ただよくある話として話しているようだった。

 

「私は秋沢様に後悔をさせたくありません。もし何かありましたら、すぐにご相談ください。出来るだけのことをさせていただきますので。TOMUSOUYAでは」


 

二人は頷く。葛西はでは次の話を始めましょうと、資料を取り出し始めた。

 紅茶の脇に置かれた智香の手を、自然と秋沢は取っていた。

 


「え、あなた。どうしたの?」
 


智香が戸惑い、秋沢の目を見ると、秋沢は真剣な様子でこちらを向いていた。
 


「いい家、建てような」

「え?」


「……ずっと暮らしていけるように」


 

 智香はその言葉の奥を逡巡して、小さく笑った。
 


「はい、もちろん」




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